家族というものが、やすらぐ空間だとしたら、相手を活かすとか 自分が活かされるとかなんて、どっちでも良いことのような気がする。
「やすらぐ」という事は、「言いたい事が言える」という事なのだ。
「話す」という事は「放す」という事でもある。
言葉にして話す事で、自分から放れて、その言葉が変幻自在に 活かされて行く。
協調性にすぐれた人は、「放す」事のうまい人なのかもしれない。
そして、「待つ」。
という事を本当に会得している人なんだろう。